ぼくの脳内

ぼくの脳内を言語化してみた

焦燥

 相手の自慢に、「凄いね!」と心から言える人の心理を考えてみたい。

 

 

 はっきり言えば、その人は、自慢している人に対して、特に何とも思っていない。劣等感を感じることはないのである。

 

 劣等感というのは、自分が出来そうなことを、相手がやってのけるために発生する、負の感情である。

 自分で出来そうなだけであり、本当に自分が出来るかどうかは問題ではないのである。あくまで自分がどう思っているのか。

 大して人間として尊敬しても居ない相手から、成績のことを自慢される。こちらの身にもなってもらいたいものだ。

 

 俺はそれに対して、「良かったね」という、最大限の皮肉を込めた返しをした。

 

 この感情を抱いている自分自身が一番愚かであるなんて。

 最悪だ。

 

 こうやって相手は何も言っていないのに、自らで感傷的になり、ネガティブな方向へと走っていく。

 

 自分には本当によくあることなのだが、どうにかしたいものだ。

 

 最近は、模試の成績が悪かったり、自分の周りの奴らの模試の点数が良かったりで、本当に劣等感しか感じていない。

 

 これもすべて学校が始まった所為なのではないかと思っている。ただの責任転嫁に過ぎないのだが。

 

 俺は本当にこれ以上勉強していても仕方がないのではないか。

 

 どうしようもないのではないか。

 

 漠然とした不安感が今、俺の中に広がっている。

 

 

 こういうときってどうすればいいんだろう。

 

 少しばかり冷静になって思考を巡らせれば分かることなのかもしれない。

 

 過去は変えられないんだよ。今からどうするのか。今しか担保してくれない。

 

 今、エンジンがかかったんだ。すべてを計画的に行ってみてはどうだろう。

 

 緊張感のある君なら、色々出来るはずだよ。

 

 そうやってコツコツ毎日積み重ねが大事なんだ。

 

 

 お前は強い。お前は本当は頭が良い。自分が出来る奴なのだ。そう、俺は本当は優越に浸るべき人間なのだよ。

 

 そう思い込んで生きている奴の方が、何倍も幸せなのだよ。

 

 自己肯定感を持つことは、実は本当に難しい。

 

 人には誰しも欠点があって、少しあるだけでも、それが大きなデメリットだと感じてしまう。

 

 人間は、完璧を求めてしまう。それは、自分が完璧でないゆえである。

 

 完璧でなくとも、自分の出来ないところは理解しつつ、アドバンテージに対しては、しっかりと肯定感をもってあげることが大事なのである。

 

 だからさ、君は悩んでいても仕方が無いんだよ。

 

 今、君は絶望の淵に立たされているかもしれない。

 

 でも、これ以上落ちることは無いんだよ?これから登っていくだけ。

 

 そのために、今、君が出来る最大限のことは寝ることだ。